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NEWLOCAL社員インタビュー Vol.4 大石美優





「地域からハッピーシナリオを共に」をミッションに掲げるNEWLOCALでは、不動産開発を中心としたまちづくりを行い、人口減少社会における持続可能な地域モデルの実現を目指しています。2022年創業と立ち上げから間もない段階で、既に長野県野沢温泉・御代田町、秋田県男鹿市、京都府丹後の4つの地域でビジネスを創出・展開。

そんなまちづくりスタートアップのNEWLOCALにはどんな人たちが集まり、どんな想いで地域のハッピーシナリオを描いていくのでしょうか?


四人目はインタビュー記事執筆・撮影を担当しています、インターンの大石の番です。

今回は私の生い立ちや地域に興味をもったきっかけ、実際にNEWLOCALでインターンをしてみて得られた気付きなどをまとめてみました。

インタビュアー・カメラマン不在ということで、いつもと違ったテイストですが、お楽しみいただければと思います。


<大石美優>
2002年横浜生まれ。高校卒業後、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学社会科学部国際関係学科に進学。単位を取得し終えて帰国した後、2023年12月からNEWLOCALにインターンとしてジョイン。1か月半ほど野沢温泉で現地滞在をした後、就活を機にSNS運営や記事執筆といったリモート中心の作業や写真撮影などを担当。現在は丹後の拠点で新店舗のオープンに向けた準備に参画。
最近の趣味兼特技は、飲み屋の常連さんや通院している矯正歯科、就活の面接官などに野沢温泉の魅力を布教すること。



横浜生まれ、横浜育ち。生粋のハマっ子です。日産スタジアムで横浜市歌ダンスを踊らされた世代です。高校まで地元の公立学校に通い、卒業後はハンガリーの大学に進学をしました。

なんでハンガリーなの?とよく聞かれるのですが、国際関係学を学ぶ上でいろんな国の人と交流できるヨーロッパにいられるのがアドバンテージに感じたのと、治安も良く、奨学金もいただけたからです。高校の先輩がハンガリーに留学していたこともあり、いろいろなお話を聞けたので、日本の大学に入って交換留学するより最初から奨学金で通える海外大に進学してしまおう、と思いました。

そして単位を取得した後に帰国し、卒論を控えながら現在NEWLOCALでインターンをしています。

ジョインした当初は野沢温泉で様々な業務に携わりましたが、2月頃から就活を理由に横浜に戻り、リモートで野沢温泉ロッヂのインスタグラムの運用などを行っていました。そのうちにこの社員インタビューのシリーズもスタートし、私が取材・執筆・撮影を担当しています。最近は就職先の目途が立ったので、丹後の拠点で新しくオープンする店舗のディスプレイなどにも携わり始めました。ものづくりが好きで、クリエイティブを通して地域に貢献していきたいと思っていたのでとってもワクワクしています。





幼少期~高校

祖父母の影響で、保育園から小学校高学年にかけて人生の半分を占める量の映画と小説を読んでいました。保育園の時に初めて見たインディージョーンズが今でも私の人生のバイブルです。

小学校六年生の頃にサカナクションと出会ったことで言葉というものに興味を持ち始め、そのお陰で今こうして文章を書けている気がします。人生で初めて買ったCDも、ライブのチケットもサカナクション。高校生の頃にはFCにも入り、音楽やファッションなど、カルチャー面で多大な影響を受けました。

中学校では吹奏楽部に入り、部活に明け暮れる毎日でした。部活と塾の記憶しかありません。

高校では自分で時間割を組める普通科の学校に進学します。制服も校則もなく、生徒の自主性と個性をとても重んじる校風でのびのびと育ち、ここで今の私のアイデンティティが形成されたと思います。服を作る部活に入ったり、ZINEの展示を企画したり、フィルムカメラを始めてみたりと、この時から”作る”という作業に面白さや自分の適性を見出すようになりました。

そして、私の恩師である担任がことあるごとに言っていた、「死ぬこと以外かすり傷」を座右の銘にしたことで、海外ボランティアや国際ワークキャンプ、ソロキャンプ、海外進学など、思いつきと勢いでどんどん行動範囲を広げるようになります。当時は、自分はやりたいことはなんでもできる、”無敵”状態だと思っていました。(今でもその節は変わりませんが…)

ちなみに高校時代は三年間居酒屋でアルバイトをしていました。お客さんの肩に小型犬みたいな量のツマをこぼしたこともあったりなかったり…。大学に入ってからは別の居酒屋、八百屋、選挙の出口調査、展示会の派遣スタッフ、おてつたびなども経験しました。




「戦争のない世界」から「日本の暮らし」へ

高校1年生の時にベトナムでボランティアに参加したことがきっかけで、大学では国際関係学を専攻するようになりました。戦争が終わって何十年と経つのに、未だに枯葉剤のせいで苦しんでいる子供たちがいること、戦争の残酷さと惨さを痛感したことで、戦争をこの世から無くす方法はないのだろうか?と自分で確かめたかったのです。

ですが、実際に大学で学び始め、いろんな国籍の人たちと交流する中で、徐々に戦争のない世界の実現への諦めを覚えるようになっていってしまいました。今の世界には戦争を止められる超国家機関が存在しないこと、人類が宗教を巡って何百年と戦争を繰り返し、それが今もなお続いていること、そして始まったロシアのウクライナ侵攻。

人道支援は応急処置にしかならないし、誰も主権国家を止められない、宗教が国家や個人のアイデンティティを形成する限り、争いは起こり続けるのだろうと思いました。

それならば世界は無理だとしても、少なくとも日本に住む人たちが幸せに暮らす方法を考えたい、と、世界から日本に目を向けるようになります。加えて、留学を経て日本が大好きになったために、世界よりも日本のためにアクションを起こしたいと思うようになっていきました。

このように世界から日本へと興味の対象が移り、そのうち日本全体よりも地域に焦点を当てるようになりました。その過程でNEWLOCALに出会い、今に至ります。





地域の豊かさが創る日本

ではなぜ日本全体よりも地域に焦点をあてるようになったのか?

理由は大きくわけて二つあります。

一つ目は、まだ知らない日本の魅力を知りたいと思ったからです。

先ほどもちらっと書いた通り、留学を経て日本が大好きになりました。食べ物が美味しくて、礼儀正しくて、トイレが綺麗で、アニメが面白くて、ファッションに多様性があって、治安が良くて、水が美味しい。旅行先のどの国でも日本が好きでいつか行きたいんだよ、と言ってもらえる。

これは余談ですが、私は「国の魅力度は食文化の豊かさに比例する」という自説をここ数年唱えています。自分の好きなスペインとポルトガル、そして日本の共通項として食文化が豊かだと感じるからです。上出さんのハイパーハードボイルドグルメリポートに「食うこと、すなわち生きること」という言葉が出てきますが、「生きること」の根源にある「食べること」に情熱を注ぐということは、豊かに生きようとする気概の現れであり、そんな人々が集まる国はあらゆる次元でも文化を発達させ、魅力的な国になっていくのではないか、と考えています。個人の趣向にもよりますが、私は食とそれに付随すると考える文化的豊かさを根拠に日本を魅力的に思っています。

そんな自国にまだ行ったことない場所、触れたことのない文化があることがもったいないと思いました。世界を旅行するのももちろん素敵で必要なことだけど、日本のことを誇るためにはもっと日本を知りたいな、と。




二つ目は、日本全体の課題を解決するよりも、地域課題の解決に取り組むほうが実現性が高く、非力な自分でも貢献できるのではないかと思ったからです。

世界から日本に目を向けた当初は、大好きな日本を好きでい続けるために、日本に暮らす人々が感じる生きづらさを解消していきたいと考えていました。

この”生きづらさ”とは、日々の生活の中で感じる同調圧力によって自己表現や意思の表示が憚られることや、ハラスメントの被害、貧困、同性婚や夫婦別姓が叶わない現状などを指しています。自分自身の経験や、当事者の友人から聞く話、メディアに取り上げられている話題などから、日本に暮らす人の多くが何らかの次元でこの”生きづらさ”を経験しているのではないかと思い、それ自体を日本全体の課題として捉えていました。

そしてこの”生きづらさ”をどうにか解消できないのかな、と考えてみたわけなのですが、私には国民性や政治に起因する問題を解決するとっかかりが見えませんでした。また、全方向に関わるのは物理的に無理だとして、どれか一つの課題に絞って奔走するほど、自分はその課題に強い関心と当事者意識を持っているかと問われれば、違うなと思い、この壮大な野望は下火になっていってしまいました。今は、選挙や署名に参加し、同調圧力に屈しないぞ!という気概を持って日々生活するという超ミクロな活動に帰着しています。

そんな経緯で生きづらさを解消することによる日本全体の課題解決は一度端に置き、今度は地域単位の課題解決であれば自分にもできることがあるかもしれない、そしてそこに暮らす人々が幸せでいられる地域が日本にもっと増えていけば、日本全体の幸せに繋がるのでは?と思い付いたことで地域への興味を持つようになっていきます。




NEWLOCALとの出会い

そうやって地域の魅力をもっと知りたい、役に立ちたいという想いが芽生えたものの、具体的になにをすればよいのかわからなかったので、とりあえず地域系のベンチャーで鞄持ちをしたり、地域おこし協力隊のインターンに参加するところから始めました。全国各地どこにでも行ってみたいし、おじいちゃんの畑仕事を手伝うくらいの課題解決でもなんでもいいからアクションをおこしたい、と。

実際にそれらの活動を通して知らない地域に行き、美味しいもの食べて、空き家をDIYして、農作業のお手伝いをして、と楽しい思い出はできました。ですがそれと同時に、ソフト面のサポートや楽しいお手伝いだけではなく、もっと長いスパンで本質的に地域課題と向き合い、自分の関わったプロジェクトが地域に対してどんな価値を提供できたのかまで見届けたい、という想いが膨らんでいきます。

そんな中wantedlyで見つけたのがNEWLOCALでした。当時は遼さんと久野さんのプロフィールしかありませんでしたが、お二人とも東大大学院卒だし、直感的になんか良さそうな会社だ!と思い、すぐに「話を聞きたい」ボタンを押しました。

その後面談の機会をいただき、一回目は遼さんとオンラインで軽くお話をします。ニ回目は久野さんも交えての対面での面談だったのですが、私の華麗な勘違いと圧倒的な準備不足が露呈し、オフィスを出た瞬間に落ちたことを確信しました。「次回はオフィスでmtgしましょう!」というメッセージをそのままに受け取り、mtgならなんも準備いらないかー、と志望動機すら用意していなかったのです。そんな人間が今文章を書いているのですから、あの時イチかバチかで拾ってくださってありがとうございます、とこの場を借りて感謝の意を伝えたいです。




まだ知らない日本の魅力、地域に対するまちづくりというアプローチ

ではNEWLOCALにジョインしてみてどうだったのか?

当初地域に関わりたい理由として掲げていた「まだ知らない日本の魅力を知りたい」という目標は、野沢温泉に出会えたおかげでまさに実現できていますし、これからもより多くの地域を知っていきたいなと思いました。

野沢温泉は自然の恩恵を活かしたまちの造りや外湯の文化、お祭りに加えて村民も移住者も熱くて個性的で面白い、これからも受け継がれるべき場所だと思います。こんなに魅力溢れる地域が日本にあるなんて前までは知らなかったことがもったいなかったです。

野沢温泉の魅力については書き始めると長くなるので、私目線では水と人とお祭りとお酒であることに留めておきますが、勝手に布教活動するくらいには野沢温泉に魅せられています。

野沢温泉はまさに、私がまだ知らなかった日本の魅力の一つでした。




また、”地域課題の解決に取り組むほうが実現性が高い””非力な自分でも貢献できるのではないか”、という点に関しては、実際にその通りであった側面もある一方で、新しい気付きもありました。

NEWLOCALにジョインしたおかげで、ものすごいスピードで事業が進んでいく場面に立ち会え、まさに実現性の高さを目の当たりにしています。そしてスキルや社会経験のない自分でもインターンとしてNEWLOCALで働くことで間接的にでも地域に貢献できているような気がしています。

しかし実際に働いてみると、まちづくりというアプローチは店舗を作ったからといって地域に対するポジティブな結果がすぐに目に見える形で現れるわけではないし、誰が実際に恩恵を受けているのかも可視化されにくいものだと気付きました。

もちろん、ソフト面のサポートよりも本質的且つ長期的に地域に携わりたいと思ってNEWLOCALにジョインしたので当たり前なのですが、まちづくりのようなハード面のアプローチでは住民の方のお手伝いをして得られるような、地域の役に立ってる!という強い実感がすぐに得られるわけではないです。

ですが、そういったまちづくりをするにしても地域の中で重要になってくるのはソフト面での人との繋がりだなとも最近感じます。ただお店や宿を作るだけでなく、どうやって地域コミュニティに馴染み、その中で価値を創造していくのか、という点では人と人の密なコミュニケーションで築く信頼関係と地域生活へのコミットは欠かせません。そこを蔑ろにしては、ローカルの方からの理解は得られないし、そのような状態で事業を続けていても誰のためのまちづくりなの?となってしまうと感じました。




インターンとしてのNEWLOCAL

なんだか重い感じになってしまいましたが、私はインターンとしてNEWLOCALにジョインできて本当にラッキーでハッピーです。単純に拾ってもらえたこと、野沢温泉に出会えたこと、予想もしない社内外の人々に出会えたこと、やったことない仕事にチャレンジさせてもらえること、事業の立ち上げフェーズに立ち会えること、ミスをしても迷惑をかけても変わらない態度で接してくださること。地域に関わる生活は出会いと学びの連続です。

今後は丹後に深く関わっていく形になると思いますが、展望としては、野沢温泉での気付きを活かして人との繋がりを大切にしながら地域に対して価値を創造できるように、微力ながら頑張っていきたいと思っています。クリエイティブな仕事を任せていただけたので、楽しみながらもしっかりと成果を出せられるようにしていきたいです。

ここまで読んでくださってありがとうございました!



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